『旅の写真撮影案内』 (1937)


戦前の「芸術写真」を代表する人物、福原信三が著した旅行エッセー『旅の写真撮影案内』。
古書店で1,000円ほどで入手。


 『旅の写真撮影案内』
   1937(昭和12)年7月10日発行、70銭
   著作者  福原信三
   発行人  星野辰男
   印刷人  島連太郎
   発行所  東京朝日新聞発行所(東京市麹町区有楽町2丁目3番地)
   印刷所  三秀舎      (東京市神田区美土代町16番地)


1926(大正15)年に『アサヒカメラ』を創刊した東京朝日新聞社から発行された「アサヒカメラ叢書」シリーズは吉川速男(1890(明治23)〜1959(昭和34)年)や森芳太郎(1890(明治23)〜1947(昭和22)年)、金丸重嶺(1900(明治33)〜1977(昭和52)年)ら戦前・戦後に活躍した写真界の著名人を著者として発行されました。
1933(昭和8)年から発行された「アサヒカメラ叢書」は、菊半截版サイズのいわゆる「文庫本サイズ」で統一され、同年発行の「朝日文庫」とともにこの時期の朝日新聞社を代表する小型書籍と言えます。
「アサヒカメラ叢書」は19冊の発行が確認されていますが、本書はその19冊目にあたります。


発行人の星野辰男(1892(明治25)〜1968(昭和43)年)は長野県の出身で、「ルパン全集」の翻訳出版でも知られています。星野は文部省を退職後に東京朝日新聞社に入社、『アサヒグラフ』『アサヒカメラ』双方に創刊時から深く関わり、1927(昭和2)年から『アサヒカメラ』の編集長を務めました(翌年からは松野志気雄が編集長)。

印刷所の三秀舎は1900(明治33)年創業の現在まで続く印刷業者で、『白樺』などの印刷を行った企業でもあります。創業百有余年、現在でも神田で営業を続けています。
印刷人となっている島連太郎は三秀舎の創業者であり、1936(昭和11)年に福井県越前市花筐(はながたみ)の今立町に島会館という建物を寄贈した人物です。

島会館は現在取り壊し案が出ているようですが、何とか保存・活用できないものでしょうか。

島会館の写真と今後の活用募集についてはこちら↓

http://www.city.echizen.lg.jp/mpsdata/web/5789/20615j.pdf
(花筐自治振興会だより第26号(2008年6月15日))
【PDFファイルがダウンロードされます】


本書は福原信三(1883(明治16)〜1948(昭和23)年:2008.5.4の記事も参照)が既に写真界・実業界において名をなした後の54歳の時に著したもので、資生堂の社長在任中(1928〜1940)に書かれています。
同年には写真集『布哇(ハワイ)風景』を日本写真会から発行しています。
しかし本書は一般向けに書かれたため、さすがに当時の日本人にとって遠い地である海外には触れず、国内の景勝地を巡って折々の風景を綴っています。

序文には、

「…便利なる交通機関を利用してのことであるから、結局輪郭描写となり且便宜上名勝地のみを選びたりとはいへ、…」

とあるように、当時ほぼ全国に整備されていた鉄道網を活用して「美を探」る旅をしてきたことが記されています。
武蔵野から始まって外房、大島、東海道、富士箱根、伊豆と徐々に南下する福原の旅は、九州に至り、また山陰や北陸、北海道にも及びます。
福原の独特の描写を生かした各地の写真が口絵にしか見られないことは残念ですが、武蔵野の旅はやがて『武蔵野風物』(1943、靖文社)に結実したのではないでしょうか。

ちなみに、撮影技術論は本書ではほとんど見られません。旅行先のどこで写真を撮るか、どこに目を向けたか、ということが本書の眼目のようです。


【参考リンク】

■三秀舎 http://www.kksanshusha.co.jp/

越前市 http://www.city.echizen.lg.jp/index.jsp